平時の異常(5/15)

「入笠山の山小屋、マナスル山荘」改め、「入笠山のホテル マナスル」の山口です。

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前回のブログに書いた某山岳医療機関の資料。

週末に某山岳医療関係団体が発表した「基本知識(計画と準備編)」なる資料。登山再開に何を求めているのか全く不明、これでは山小屋どころか下界のホテルだってそうそう泊まれるところはないレベルの話。拡散するといけないのでリンクは貼りません。

夏山の乱(5/11)

感染対策や衛生対策はもちろん行っているし、アドバイスも欲しいと思っている。

なんとその日に夜に、「長野県庁山岳高原観光課」から山小屋の再開に向けたマニュアルとしてこの資料が添付されたメールが届きました。5/11の山荘のブログと内容に理解できない旨を返信したところ、翌日には・・・「あくまでも、今後の対策を考えるうえでの一つの参考資料」との返事。水のない山小屋はそれなりの対応でいいらしい。何のためにこの資料を添付したのか全く理解できない。この資料が出回ることの弊害を考えられない「長野県庁山岳高原観光課」とは一緒に活動することは難しいと思う。

長野県の山岳行政はこの程度だったかと、失望しかない。

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今の登山界に私は違和感しか感じない。登山者が登山者をたたき、リーダーたちが意見を統制し、行政が観光客を締め出す。いまは【コロナ】という有事だ、コロナの感染拡大対策や医療崩壊を防ぐということはよく理解している。私の山荘は2月末から対策を立て、3月末には臨時休館を決めた。移動や登山の自粛は当然考えられる措置だ。しかし、その間に平時の異常を語られずに、登山が再開されるのは私には納得いかないのである。

昨日も「妙義山」での山岳事故に、ツイッターをはじめとしたSNSでは登山者への非難ばかり。登山者が登山者を非難・批判するコロナ禍での世情を登山自粛の声明を出した山岳団体4団体はどのように思っているのだろうか?

妙義山では2019年に8件の山岳事故が発生し、8人の遭難者がカウントされた(群馬県警の統計資料より)。2018年は19件。今回の妙義山事故は県をまたいで移動し、山で事故を起こしたことについては問題はある。いま山で何か起こしたら叩かれるリスクを考えることができなかった人なのだろう。しかし問題は、年間10件近い山岳事故が起きていることだ。いまの有事の1件より、平時の年間10件近い死者を伴う山岳事故をどう考えるのか?

長野県のGWでは昨年18件、死者3名の山岳遭難がカウントされた。今年は自粛もあり件数は3件、死者は0。今年のGWも平時なら同じような遭難件数と死者を数えたはずだ。GW中の登山者を非難・批判することより、平時の遭難件数が問題ではないのか?そのことに触れる登山関係者はいない。

今回の山岳事故でも医療機関や救助隊のリソースを無駄に使ったというコメントも多いが、平時での山岳遭難のほうが無駄にしているのではないのか?GWの登山自粛へのマインドコントロールに有効に使われた4/25の八ヶ岳の滑落事故。翌4/26に大町管内で山菜取りの道迷い山岳事故(長野県警では山岳遭難の扱い)が発生。大町警察署署員と消防団員が出動したらしいが、前日の「救助隊員感染か?」の事態を踏まえて感染症対策は行ったうえで出動したのだろうか?やっていなければリソースを無駄にしたのは自分たちではないか?さらに、山菜取り山岳事故は報道の表にもほとんど露出せずに、自粛を叫ぶ人たちの前に出ることは無かった。

ことしのGWの山岳遭難事故の激減は登山者がいなかったことが大きな要因だが、コロナがなく平時で山小屋が営業していたら例年並みの登山者が山に入ったことだろう。ということは山小屋は山岳遭難を誘発する一つの要因ともいえる。山小屋があることで、安易に入山する登山者や行けば何とかなる的な登山者も多いと考えるが、山小屋関係者はどのように考えるのだろうか?

ソーシャルディスタンスといわれるが、山小屋は密だ。山小屋の予約はこれを解消する一つの方法だろう。ただ、問題は利用者数が減るための減収。その解決は利用料金の値上げだろう、経費削減では追いつかない。登山者は再開したら山小屋利用料金の値上げを素直に受け入れるのだろうか?昨年のヘリ問題の一つに「ヘリ代の高騰」が挙げられていたが、収益減でさらに問題が大きくなるはずだ。今回の営業期間の短縮、密を避ける利用者減でも経営に問題がないのなら、昨年の「ヘリ問題」は何だったのか?

入笠山でも山にある駐車場は閉鎖され、マイカーで地元の方が登山に来ても車を止めるスペースはいまのところない。それでも林道の空きスペースなどに車を止めて登山する人はいた。GWに登山者に会っても咎めることはしなかったが、駐車場以外に止める車には移動してもらった。ルール違反だからだ。日常時に人気のある登山口、中房温泉や新穂高温泉などで駐車場にあふれたたくさんの車が路肩に違法駐車していると聞くが、これは問題ではないのか?平時の異常は目に入らないのか?

登山再開時は公共交通機関ではなくマイカーでの登山を薦めるメディアも多い。山での密集を考えれば、駐車場の台数で入山者制限は必要だと考える。観光行政や営業施設はあふれる車をどのようにコントロールするのか?マイカー登山より、鉄道、バス、ロープウェー・ゴンドラなどの交通機関は入山者をコントロールしやすいと考えるが。

SNSで集まった登山グループを山でよく見かけるようになった。不特定の人が集まり、山で騒ぐ(この手のグループはたいてい山で大騒ぎしている)この手のグループ登山はコロナ後に淘汰されるべきだと思うが、そのような発信をしている山のメディアは今のところ見たことがない。この手の登山者たちが主な支持者だからだろうか?

グループでしか登れない、単独では無理という登山者は登山を止めるか、レベルを落として一人でも安心して登れる山からやり直したらいい。いままでの登山のカテゴリーが自分のレベルを超えていたことに気づくべきだ。もしくはガイドを雇うこと。自粛が解除されるステップとして、ガイド登山はあらゆる面で有効だと考えている。山岳ガイドと一緒に歩いている登山者はSNSのグループ登山者などに比べて格段に品がいい。日本山岳ガイド協会はもっと各ガイドのマーケティングやマネジメントに取り組むべきだと思うが。

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山への登山者の集中、マイカーの違法駐車等の問題、山小屋の衛生管理、登山者のマナー、山岳遭難防止の取組、自然公園の利用方法、山岳ガイドの役割、違法テント泊・・・平時に表に出なかった問題がいろいろあったはずだ、それがいつの間にか登山界では当たり前のことになってしまっていたのではないか。登山自粛だけを声高らかに叫び、今後のことには何も手を付けなかった登山界は本当にこれでいいのか?

「登山における平時の異常こそ問題である」

これからは登山者にしても、山小屋にしても、求められるのは人としての品格のようなものだと思う。本当の意味でのアルピニズムが欠如しているように思えてならない。

「マナーとは人と人のかかわりの中で、気持ちよく過ごすためのふるまいや仕草」

経済活動が再開されつつある日本に住む一人の人間として、マナーのある生活や登山、すべての活動に必要なのだろうと思う。段階的に登山が再開されるにしても、登山の一番のリスクは、登山という行為が人の目に触れることである認識が必要なのだと思う。

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平時の異常(5/15)” に対して5件のコメントがあります。

  1. ジョアンエリス より:

    「登山における平時の異常こそ問題である」
    その「異常な状態」だということが分かるのは、昔の山登り、具体的には今の登山ブーム(1990年代半ば以降?)以前から登っている人ではないでしょうか?この「異常な」状態は昨今登り始めた人には、分からない感覚かと思います。
    まさに貴山荘の名称に因んだ「マナスル」にJACが国家の威信を掛けて初登頂して以降、1960年代にも登山ブームがあったと聞いていますが、その頃の現役大学山岳部員だった実父に尋ねてみたところ「深田百名山」ブームというのはなかったそうです。やはり、この「百名山」と思いつきで登り始めた中高年層が流れ込んできた1990年代前半ぐらいから酷い状態になったような気がします。当時から年配の人でも山に登る人はいましたが、羽賀正太郎さんとか松本龍雄さんとか、みな戦後大学山岳部や社会人山岳会で鍛えられた人々が、継続的に登り続けて年配になったというだけでしたので、会社を退職して時間ができたから山に行こうか、というのとは違って肝が据わった方々だったという記憶はあります。ただ、若い頃は厳しい登山に明け暮れて、仲間の何人かがネパール・ヒマラヤやカラコルムの高山氷河のなかで眠っているような激しい時代を過ごした人でも、歳を取れば入笠山のような穏やかな山容に惹かれるのは自然なこととかと。
    https://pbs.twimg.com/media/A25MHR_CYAApwnj.jpg
    に見られる夏場の北ア槍ヶ岳の穂先渋滞、こんなものは1990年代末ぐらいまでは見られなかった光景かと思います(それなりに登り、下りの順番待ちはありましたが)。東京ディズニーランドの順番待ちと何ら変わらないですね。こんな山に行きたいとは思いません。そんな渋滞の一方でお隣の小槍を登攀している人は皆無かと(結構楽しい4ピッチなのにね)。昔の静かな山が懐かしいです。今回のコロナ騒動で、今夏は槍の穂先でもこうした渋滞が発生しないのかもしれません。まさに、「平時の異常」に気付くべき、コロナ騒動ですね。

  2. 匿名 より:

    登山しなければ遭難件数は減りますよ。登山すれば遭難件数増えますよ。その中で共存するのだと思います。著者は登山経験者ですが文章が自分目線で全体的な面が見えていないと思います。

  3. 猿象 より:

    つまりは、山小屋というものがこれ程快適で便利で大規模なものになったのは、危険行為の後押しをしている事にも繋がる、ということでしょうか
    恐いけど、山小屋がなんとかしてくれる…と

    「一般の」方々が昔は一部の選ばれし者たちの聖域だった場所を荒らしている、という見方はツマラナイと思いますが、もう少し技術や体力を身に着けてからトライする文化を根付かせるのは大事だと思います
    装備一流技術三流という登山者をなんとかするには、業界全体での取り組みが必要で、今回の騒ぎは良い機会だとは思います

  4. 水井義明 より:

    マナーを大切にするのは高齢、若者関係なく人間の品格の問題で高齢になって登山を始めた方の問題ではない。若いときから登山した者熟練者だけの山ではない。議論が違う。

  5. 匿名 より:

    色々とコロナウイルスに関するご意見やお考え拝見しました。
    言いたいことは分かる部分もありましたよ。
    けど、総括して人や物に対する否定的な意見にはまったく賛同出来ない。
    何故ならこのコロナウイルスという問題に答えや正解なんて存在しないはずだから。
    私たちは今誰も経験したことない未知のものと戦っています。
    世界中の誰もが経験したことないものです。
    成功体験も失敗体験もないのです。
    そんなものに答えや正解なんて存在しませんよね?
    誰もが合ってるかも分からない手探りの状態で打開策を練り葛藤してる。
    そんな中【おかしい・間違ってる】そんなものも存在しません。
    登山者が登山者を非難するのはどうだとか言ってますが、一番色々なものを非難&否定しているのは貴方ではないですか?
    世界中の誰もが【分からない】という恐怖と戦いながらそれぞれの立場で尽力しています。

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